LEE'Sの歩み  ー 始まりはバス車窓の光景 −


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『どうして自分でマネジメントすることを考えないの?』(ニュージーランド人ジャーナリスト)

2018年4月5日(木)更新


 独立志向はまったくなかったのに、独立することになろうとは、人生わからないものです。会社員時代ははるか昔になってしまいました。そのきっかけをくれた人たちには思いもよらないことです。


 おかげでわたしも気付かないうちに誰かの人生を変えているかもしれないと思えるようになりました。だから良ければと思うことは言う、やることにしています。


− 『わたしも向こうへ行かなければ…』 −


 外資企業に入社して5ヶ月が過ぎた頃、“けっきょく、会社で働くかぎりは、日本企業も外資も変わらない・・・”と思い始めていた頃、朝の通勤時間、市バスの中から偶然見た光景が未来を決定づけました。

 淀屋橋から肥後橋へのバスが向かうその途中、信号待ちでバスが止まったのはグランドホテルの前。つり革を持ち、なにげなく、外を眺めていたホテルの正面玄関。ちょうど中から人が出てきました。

 年の頃は50代半ば、風貌からして会社員ではありません。カジュアルな装いの中にも経営者の雰囲気がが醸し出される。自分の裁量で日々を送り、生きている。いやみのない自信めいた感じが清々しく映った。1990年初秋のことです。

 ”わたしも向こうへ行かなければ・・・”。今に至るすべてがここから始りました。

− 独立への伏線、『独立なんて簡単さ』?! −

 外資へ転職する前年の1989年1月に勤めていた会社を辞め、むこう1年は働かないことに決めたのでした。自分の休息を与えようと考えた。なぜそういう気になったのか、これといった理由はありません。
年令的なこともあったでしょうし、とにかく、一つの節目を感じたのだと思います。

 ちょうど新聞に大阪YWCAの社会人向けコース新規開講が載っていて、「勉強」はいい口実になると受験し、合格。全日一年コースに4月から通い始めたのでした。

 そこで一つの科目を担当していた講師・ニュージーランド人のジャーナリストが、受講者みんなの自己紹介を聞き終わった後、素朴な疑問という感じで、『どうしてみな転職することばかり考えるの、自分のマネジメントすることを考えないの?』。

 これにはわたしが一番反発していたと後にクラスメートたちが言っていましたが、『独立なんて、そんな簡単じゃありません!』と言い返したら、彼は、『簡単さ、電話とファックス、そしてパソコンがあれば、自宅でだって開業はできる、要はここ!』といって、人差し指をこめかみに当てました。

 アイデア、知、創造力、しだいというわけです。そう言われてさらに反発したように覚えていますが、まさか、一年後に彼の言葉がよみがえってこようとは。独立を思い立った瞬間、ありありと一年前の光景、そして言葉がリアルになったのでした。



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